カツ丼が好きな人がいるとしましょう。彼は「山田屋」のカツ丼こそが最高で、100点満点だと思っていました。

しかしある日、彼は「北村屋」のカツ丼に出会います。それが驚くほど美味しく、彼の中で新たな100点となりました。すると、それまで100点だった山田屋のカツ丼は、彼の中で90点に下がってしまうのです。

今回は、この「比較」が生み出す、気づかぬうちに自分を追い詰める不幸の正体について考えてみます。

「美味しいもの」を知ることが不幸の始まり?

北村屋を知ることで、山田屋のカツ丼は味が落ちたわけではないのに、彼の中での価値は下がります。これを山田屋100点、北村屋120点としないのが人間の心理の厄介なところです。

舌が肥え、基準が上がることで、今まで満足できていたものが物足りなくなる。幸せを感じるハードルが上がってしまうのです。カツ丼に限らず、お酒や趣味、人間関係においても同じことが言えます。「比較」をすることは、実は人生における「プラス要素の総量」を自ら削る行為になりかねません。

幸福を感じる「幅」が狭まっていくジレンマ

例えば、5点のお菓子を食べて「幸せ」と言えていた人が、8点のものに慣れてしまうと、次は7点以上のものしか受け入れられなくなります。これまで6点分あった幸せの幅が、4点分に減少してしまうのです。

良いものを求めることが、結果として満足できる範囲を狭め、不幸への道を突き進むことになってしまう。この矛盾はどこから来るのでしょうか。私たちは本来、栄養を摂ることで幸せを感じる生物です。しかし、現代の私たちは「価値」という幻想に振り回され、本来感じられるはずのエンドルフィンやセロトニンの恩恵を、自ら手放しているのかもしれません。

自分の内なる「価値の基準」を変える方法

この問題を解決するには、外的要因(お店など)を変えるのではなく、自分自身の「価値基準」をどう扱うかを考える必要があります。

  • 特別視を止める:カツ丼に過度な価値を見出さず、単なる食事として向き合ってみる。
  • 自ら作る:自分で調理することで、「自作」という付加価値によって味の基準を超えた満足感を得る。
  • 環境を変える:生活の土台を変えることで、当たり前だと思っていたことへの価値観をリセットする。

価値観を変えるのは難しいことですが、最も身近で強力な方法は「言葉」に注意することです。

言葉が未来を形作る

日本人は古くから言葉に意味を与え、その影響を重んじてきました。「頭が悪い」「太っている」といった言葉がコンプレックスとして刷り込まれるように、自分が口にする言葉もまた、自分自身を形作っていきます。

自分がどうなりたいか、どうありたいか。それを意識して口に出し、紙に書き、朝晩に唱える。当たり前の風景にならないよう、常に「意識」を持って言葉を発することで、私たちの思考と価値観は少しずつ、けれど確実に変化していくはずです。

最後に、思考と言葉の大切さを説いた有名な言葉を引用します。

 

思考に気をつけなさい、それはいつか言葉になるから。

言葉に気をつけなさい、それはいつか行動になるから。

行動に気をつけなさい、それはいつか習慣になるから。

習慣に気をつけなさい、それはいつか性格になるから。

性格に気をつけなさい、それはいつか運命になるから。

—— マザー・テレサ

日々の些細な幸せを大切にするために、まずは自分が発する言葉から整えていきたい。そう感じた今日この頃でした。