最近、テレビやSNSを見ていると、「ニート」「引きこもり」「フリーター」という言葉がすべて一括りにされ、安易に「ニート」と呼ばれているのが非常に気になります。

今回は、これらの言葉の正しい定義をおさらいしつつ、なぜ働いている人までもが自らをニートと呼びたがるのか、その背景にある「言葉の危うさ」について考えてみました。

知っているようで知らない「言葉の定義」

まずは、それぞれの言葉が指す正確な意味を確認してみましょう。

  • ニート(若年無業者):就学・就労・職業訓練のいずれも行っていない者。日本では15〜34歳の非労働力人口のうち、通学や家事もしていない人を指します。
  • 引きこもり:仕事や学校に行けず家に籠り、家族以外とほとんど交流がない状況。家で仕事(在宅ワーク等)をしている可能性も含まれます。
  • フリーター:正社員・正職員以外の雇用形態(契約・派遣・アルバイト等)で生計を立てている人。

こうして見ると、契約社員や派遣社員が多い今の日本において、若者のかなりの数が「フリーター」に該当することがわかります。さらには、専門職であるはずのフリーランスまでもが「フリー・アルバイター」の略として、ひどく低い扱いを受けている現状もあります。

なぜ働いている人が「ニート」を自称するのか?

テレビやX(Twitter)を見ていると、どう見てもバリバリ働いている人たちが、自らを「ニート」と名乗ったり、自虐的に呼んだりする光景をよく目にします。

世間一般ではニートを下に見たり、ひどい場合は「悪」のように扱ったりする風潮があるのに、なぜ自らその名を名乗るのでしょうか。そこには、日本特有の「自らをへりくだる(謙遜する)」文化の影響があるのかもしれません。

あるいは、仕事のストレスからくる「現実逃避」として、心だけでも自由なニートでありたいと願っている結果なのでしょうか。いずれにせよ、テレビが一括りにして呼ぶせいで、言葉の正しい意味が理解されていないことも大きな要因だと思われます。

「言葉に引っ張られて生きる」ということ

自虐や冗談であっても、こうしたネガティブな言葉を多用するのは、あまり良い傾向ではないと私は思います。

なぜなら、人は自分が使う言葉に引っ張られて生きていくものだからです。

自分を「ニート」という、社会的に低く見積もられた枠に当てはめて呼び続けることで、無意識のうちに自分の可能性や自尊心を削ってしまうことになりかねません。言葉は、自分の立ち位置を決める大切な道具です。だからこそ、もっと自分を大切にする言葉を選んでいきたいものですね。