農業をしていると、季節の移り変わりや天候の変化を肌で直接感じますが、同時に体への負担もダイレクトにやってきます。
今回は、心身ともに削られる過酷な農作業のリアルと、そんな疲労の中でふとニュースを見て感じた「社会の闇」についての日記です。
ブドウの花切り作業で、肩と腰が限界に
現在、ブドウの花の間引き作業を行っているのですが、これが本当にすごい肩が凝るのです。常に上を向いて腕を上げ続ける作業の連続なので、肩が痛くなると、今度はその負担がそのまま腰にやってきます。
少しでも気を抜くと、背筋を曲げ伸ばしすることすらできなくなるほどの激しい痛みになります。農作業は本当に体との戦いです。
5月とは思えない異常な寒暖差
それに加えて、ここ数日の天候の異常さには参ってしまいます。
ひたすらに暑く、5月には想像もできないほど気温が30度を超えたかと思えば、少し雨が降っただけで一気に22度まで急降下。昨日までの薄着の格好では、ブルッと震えるほど寒い日になってしまいました。
激しい肉体労働にこの寒暖差のストレスが重なり、体調を維持するだけでも一苦労です。
真相を有耶無耶にする「適当なレッテル貼り」
そんな心身ともに疲弊している時に、さらに気持ちを重くするニュースが飛び込んできました。川崎市・登戸で起きた、痛ましい大量殺傷事件です。
この事件は犯人が自ら命を絶ってしまったため、動機が本人から語られることは永遠に無くなってしまいました。
こうした事件が起きると、世間やメディアは必ず「適当なレッテル」を貼ろうとします。「引きこもりだったから」「社会から孤立していたから」などと分かりやすい枠に当てはめて、それで納得しようとするのです。
誰も責任を取らない社会
なぜ彼らがそのような事件を起こすに至ったのか。その背後にある本当の理由や社会の欠陥といった「正しい犯行理由」は、決して表には出ないでしょう。
日本という社会は、「責任を取ること」を極端に嫌います。だからこそ、社会全体で責任を取らないといけない状況を作らないために、適当なレッテルを貼って「一個人の異常な犯罪」として処理し、すべてを有耶無耶にして終わらせる気がしてならないのです。
肉体の痛みとともに、そんな社会の無責任さに対して、なんとも言えないやりきれなさを感じる今日この頃です。






